『ミスター・ノーバディ』
公開:2009年
制作:フランス、ドイツ、カナダ、ベルギー
監督:ジャコ・ヴァン・ドルマル
出演:ジャレッド・レト
2092年、人間は永遠の命を持てるようになった未来。
118歳のニモは、死期のある最後の人間。
彼の過去を知る者は誰もいない。
死を目前にした彼は、インタビュアーの質問を通じて自らの過去を回想していく。
しかし彼の過去は、様々な選択によって分岐した人生から成るものであった。
これは近年稀にみる特殊な映画。
人は記憶を自然に修正する生き物であることは、
皆さんも生きていればなんとなくわかっていることだろう。
自分にとって都合の悪いことは誰にも話さないどころか、
自分ですら、いつの間にか元のカタチの正しい記憶が誤ったものに変わってしまっている。
例えば学生時代の友達と思い出話を共有した時に、
互いの記憶が食い違っていることなどよくあることだ。
話すにしても面白おかしく脚色して結末を変えることだってある。
だから聞き手が話し手に究極まで突き詰めて質問攻めすると矛盾する穴が出てきて、
あっこの人都合がいいように変えているなと思うわけである。
人から聞いたことは基本まず疑った方がいい。
つまり本当の記憶は、その記憶を持つその人自身しかわからない。
しかしその記憶は真とは限らない。
本作の話をすると、主人公ニモの人生は、幼少期に両親の離婚で父について行った記憶と、
母について行った記憶のそれぞれのパターンの延長線上が描かれる。
また、青年期になると、3人の女性との恋愛も同時に展開していく。
しかしどれが真実なのかはわからない。
全て作り話の可能性もある。
まさに行き先のない記憶旅行。
それを映像として見れるのだからワクワクせずにいられない。
『ハード・デイズ・ナイト』
公開:1964年
制作:イギリス、アメリカ
監督:リチャード・レスター
出演:ザ・ビートルズ
リンゴが消えた!
本番まであと数十分、ジョン、ポール、ジョージの3人は戻ってこないリンゴを探しに行く。
ビートルズが本人役で出演している映画。
わちゃわちゃしてる若かりし4人が見れるだけで貴重だ。
『イエスタデイ』
公開:2014年
制作:ノルウェー
監督:ペーテル・フリント
出演:ルイス・ウィリアムズ
バンド、キュートな女の子、4人組の少年が揃えばそれは傑作。
『グッバイ、サマー』
公開:2015年
制作:フランス
監督:ミシェル・ゴンドリー
出演:アンジュ・ダルジャン、テオフィル・バケ
女の子のような見た目で学校で「ミクロ(チビ)」と呼ばれる少年と、
転校してきた家業のせいでガソリンの臭いが身体からするため「ガソリン」と呼ばれる少年が、
意気投合して退屈な毎日から逃れるため“夢の車”を造り、ひと夏の旅に出る。
見た目が女の子のような男の子には痛いくらいわかる作品ではなかろうか。
周りから可愛い、可愛い言われて自分の顔にコンプレックスを持つ時期もあるだろう。
時には周りの女子よりも女子らしいため、女子からは鑑賞用とされ、男子からは狙われることもあるだろう。
しかし大人になるとそれもよき思い出になる。
退屈な日々にうんざりしたら、とりあえず新鮮味を求めどこにでもいいから、
普段行かない場所に冒険にでかけるべきである。
そうすることで、毎度新たな気持ちで人生を歩める。
『リトル・ダンサー』
公開:2000年
制作:イギリス
監督:スティーブン・ダルドリー
出演:ジェイミー・ベル
バレエは女の子のためのものとされていた時代に、
バレエに夢中になった少年の物語。
いまや何度もミュージカルが上演されるまでになった名作。
男だからこれはやるべきではない、女だからこれをやらなければならない、
こんなの戯言だ。
男女差別などあってはならない。
人間が人間を差別するってアホなのか。
お前は何様だ。
日本では男女によって、
髪の色や長さで未だに判断している企業ばかり。
理由を尋ねても本人も知らず昔からそうだから、
それが決まりだから。
アホか。
ファックオフ!
好きなことをすればいい。
夢中になれるものがあるだけで人生は潤う。
それを他者が阻むことがあっていいわけがない。
阻むとしたらその人にはできないから、ただの嫉妬だと思えばいい。
物事にはすべてに始まりがある。
誰かがそれを最初に行ったからこそ、
今では当然のようにみんな行っていることしかこの世にはない。
逆に今誰もしていないことを誰かがすれば批判や賛否両論を生む。
世の中はそのように回っている。