『小さな悪の華』(1971)~悪さをして快感覚える思春期~

ドラマ
出典:IMDb
映画を見れば誰かと共有して話したくなる。
しかし話す人がいない。
そんな映画愛好家は世界中に山ほどいることだろう。
私もその一人。
そこで私は独自の感想をネタバレ含んでただただ長々と述べる自己満駄話映画コーナーを創設した。
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しかし最後まで読めばきっとその映画を見たくなることでしょう。
さぁ集まれ映画好きよ!

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好奇心が罪となる

出典:IMDb

小さな悪の華

原題
Mais ne nous délivrez pas du mal
公開
1971年
製作国
フランス
製作
ベルナール・ルガルジャン
監督
ジョエル・セリア
脚本
ジョエル・セリア
出演
カトリーヌ・ヴァジュネール
ジャンヌ・グーピル
編集
フィリップ・ゴスレ
音楽
ドミニク・ネイ
クロード・ジャーメイン
撮影
マルセル・コンブ
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一言粗筋

女の子二人が悪さの限りを尽くす物語。

ほのぼの感想あるいは解説

フランス映画なのにフランスで上映禁止となった問題作。

本作は実際にニュージーランドで起きた事件を基に映画化されている。

以下、Wikipediaより参照。

1954年6月22日当時15歳の親友同士、ジュリエットポーリーンが、ポーリーンの母親オノラ・リーパーを殺害。

2人は自分たちが創作したファンタジー小説の世界に耽り、性的な関係を持つまでに至った。

このことを知った2人の両親は恐慌を来たし、特に名門大学の学長として世間体にこだわるジュリエットの父ヘンリーは2人を引き離すため、娘を南アフリカへ移住させるという強硬な手段に訴えようとした。

しかしポーリーンの母オノラがこの計画の急先鋒だと勝手に思い込んだ2人は、それを防ぐために殺人を計画。

オノラとクライストチャーチのヴィクトリア・パークへ行く途中、装飾石をわざと落としてオノラに拾わせ、かがんだオノラをレンガで撲殺した。

2人は一度の殴打で死ぬと思っていたが、実際には20回以上殴った。

事故死に偽装しようとしたものの、事故死というには不自然すぎる状況や、素人目にも明らかな稚拙な偽装工作から警察は2人を追及したところ、犯行を自供したため逮捕された。

クライストチャーチで裁判を受けたジュリエットとポーリーンは、1954年8月29日有罪判決を下される。

当時のニュージーランドの法律では死刑判決を下される年齢に満たなかったため、「女王陛下のお許しがあるまで」拘留されることになり、実際には法務大臣の自由裁量で裁かれることが決定した。

2人には無期懲役の判決が出たが、二度と2人で会わないことを条件に5年後に仮釈放された。

この出来事はニュージーランド出身のピーター・ジャクソンが『乙女の祈り』というタイトルで1994年に映画化している。

ポーリーン役をメラニー・リンスキー、ジュリエット役をケイト・ウィンスレットが演じている。

驚くべきことにジュリエットは1979年以来、アン・ペリーという名前に改名し、ミステリー作家として活躍している。

事件当時、発見された日記には2人が浸っていた空想の物語のほかに母親の殺害計画もつづられていた。

この展開、そしてこの『小さな悪の華』というタイトルから思い浮かべるのはやはり押見修造の漫画『惡の華』

この漫画の3巻には、「執筆当時に映画は観ていなかったが、映画評論家の町山智浩氏の解説に影響を受けまくった」と書かれている。

まさにこの映画のラストが漫画にも描かれている。

映画では罪の意識から女の子二人が自分たちにオイルをかけてから火をつけて自殺する。

漫画でも中盤に似たような展開が描かれている。

映画を観てから読むとさらに奥が深くなる。

映画の中の彼女らは寄宿学校で暮らしている厳格なキリスト教。

しかしあらゆることに興味が惹かれるのがこの年頃。

夜中にひっそりと屋根裏にあったという詩集を読む。

作者は不明だが、おそらくボードレールの『悪の華』のような性的な詩集。

それに影響を受けた彼女らは悪魔崇拝の儀式を執り行いサタンに忠誠を誓う。

ここからあらゆる悪に手を染めていく。

修道士同士が禁断の恋をしているのを覗き、神父に告げ口する。

他にも庭師が飼っている小鳥を絞め殺す。

そこら辺の男を誘惑して、眠る本能を剥き出しにして弄ぶ。

演じた女の子二人は1971年当時20歳前後だが、大人の男に激しく襲われて胸や局部を見せびらかしている。

そりゃ問題になるに決まっている。

フランス映画はいつの時代も攻めすぎ。

妻と二人の子供がいる紳士に見える男も、彼女たちの誘惑には負ける。

そして性欲に狂う男を彼女たちは殺してしまう。

子供は悪いことをしてこそ、これはしてはいけない事なんだと自覚する。

しかし悪にハマると自身を破滅に導いていってしまう。

人は自分の中に眠る“悪”を剥き出しにした時、もう後戻りはできないのかもしれない。

自らを嘘で固めて、見せかけだけの関係に疲弊した人間は本作のような映画がじんわりと染みる。

一言教訓

綺麗ぶった世の中には満たされない

NJ映画日記Vol.34

ここでは最近見た私にとって良くも悪くもそんなに書くほどでもない映画を1つご紹介したりしなかったり。

この記事のタイトル映画とは一切関係性はございませんので悪しからず。

ジャンルくらいは合わせようかと思っています。

ただの筆者の日記です。

さらりと流す程度にご覧いただければ幸いです。

セックス発電(1975)

エネルギーが枯渇した近未来。

新たなエネルギーを見出すために、科学者は女性のエクスタシーに注目した。

発電セックスに愛は必要ない。

深いのか、浅いのか、まぁ地球が救われたならよかった。

いや、最終的にこれはこれで生きるの面倒な社会になっていて笑いました。

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