私も大地に還りたい
ノマドランド
クロエ・ジャオ
ダン・ジャンヴィー
ピーター・スピアーズ
モリー・アッシャー
デヴィッド・ストラザーン
シャーリーン・スワンキー
一行粗筋
ほのぼの感想あるいは解説
この映画で描かれるもの、それは淡い日常。
『コヤニスカッツィ』(1982)のように、ただただそこに生きる人々の生活を眺めている感覚に陥りました。
カメラは動かず人が右から左に動き、歩いている人の背を捉え、遠くから広大な風景を映す。
単純なカメラワークが生きる映像の数々。
それを見て何を感じるかはその人のこれまでの生き方に左右される。
観ている側に委ねられる映画は心地よいです。
プロの俳優は主演のフランシス・マクドーマンドと、彼女が演じるファーンと次第に親しなるノマド、デヴィッドを演じたデヴィッド・ストラザーンのみ。
その他の人々は実際にRV車で路上生活をする人々。多くは高齢者。
そのため半ドキュメンタリーということになります。
彼らのリアルな体験談を聞いて、生き方を眺めて、自分自身の生活感と比較しながら楽しめます。
私は自由で楽観的で生きることをモットーにしているので、何が起ころうと良いことだろうが悪いことだろうが自分が招いたものとしてとりあえずは受け入れるようにしています。といいつつ受け入れられないことは反撥して戦うので絶対ではありません。(受け入れてねーじゃねーか)
捻くれた性格なので、疑う癖がついてしまっているのですが、本作の味である自然風景を捉えた映像美に対しては純粋に感動しました。
安心しました。
いくら心が廃れようが、こういった映像に感動できる感性はなくならないのだなぁと安心しました。
全てのストレスから解放される瞬間と人生に新鮮味を求めて、私は数年前からよく海外に旅立つようになりました。日々更新される今の自分の能力がどこまで通用するのか実践したかったので。
世界にはそこでしか見られない風景があります。人々がいます。
でも本作で映る風景はどことなく身近なんです。
自分が少し行動すれば出会える風景なんです。
青春時代を過ごした北海道を思い出しました。
オレンジ色に燃ゆるバニラスカイ、広大な草原、荒野、波が押し寄せるそびえ立つ崖。
余計な添加物の入っていない自然光を多用したナチュラル100%な映像美。
前作『ザ・ライダー』(2017)や長編デビュー作『Songs My Brothers Taught Me』(2015)でも同じ手法で撮っていますね。
人生の歩みを止めなければ周りの風景は変わりつづけます。
劇中で旦那を亡くした主人公のはめている指輪を眺めてノマドのおばあちゃんがこんな風なことを言います。
「円型は終わりがない、愛のように」
人生も同じことが言える。
身体の衰えから終わりを感じることはできても、実際に終わりを知ることはできません。
この映画、クライマックスを迎えるシーンがいくつかありました。
ここでエンディングを迎えるのかなと思ったら、まだまだ続く。
それでいいんです、その場面もラストシーンも人生の通過点でしかないのだから。
編集がうまい。
かといってピークばかり迎えるのではなく、不意に感じる虚無や長年の哀しみも描かれていて、それに併せて天候も変わったりなんかする。
ピアノのメロディも後押しするかのように主人公の感情を奏でる。
我々が日常でふと感じるあらゆる感情変化が詰め込まれているのも身近に感じる要因です。
ノマドとして生きる人々は高齢者が多いですが、それぞれが何かを失い、別れ、老いて孤独を経験しています。その生き方を選んだ理由はそれぞれ違います。
しかし悲しみに浸っていては残りの人生を謳歌できません。
全てを受け入れて縛られない生き方がノマド。
若い世代には選択肢がいくつもあります。だからこその自由があります。選択する時間も体力もあります。
年を取ると人々の生き方はだいたい決まるため安定するのは当然です。
それでも彼らノマドがRV車に乗って移動するのは、純粋にそれが癒しとなるからなのではないでしょうか。
年齢から逆算すると、彼らアメリカ人は1960年代にヒッピームーブメントを経験した世代になります。
あの時の自分たちを思い出のままにするのではなく、再び政治、経済不安から解き放たれてアメリカンドリームを追求してもいいじゃんっていう考えなのでしょう。カウンターカルチャー精神が衰退することはありません。
また、中国で生まれ育ち、高校からアメリカに渡ったクロエ・ジャオ監督だからこそ感じる規制社会への不満、そしてアメリカに抱く理想や夢が本作の原作と重なったのでしょう。
それらを追い求めてアメリカに渡った人々の共通した精神や野心は現代ではバラバラの方向に向いていってしまっている気がします。
まぁ、とにかく年をとってもアクティブでいたいですね。身体が元気な限り。
恐れる必要なんてない。
“恐れずに、しかし気を付けて”
『深夜特急』の沢木耕太郎さんが言っていた言葉が響く。
この映画を一言でいうと、“高齢者の『オン・ザ・ロード』”。
1957年に出版されたジャック・ケルアックの名著。
青年がアメリカを自由に旅する物語。
ヒッピーの生き方に影響を与えた作品。
劇中ではウィリー・ネルソンの「On The Road Again」という曲をみんなで歌うシーンがありましたが、まさに何度も何度も路上に出ては自分たちの道を突き進む彼らの生き方を象徴した歌となっています。
実際に無人の路上をカメラがぐっーっと映す場面もありましたね。
進まないことには先が見えないのは人生と同じです。
そして『ノマドランド』のメッセージである、
“さよならじゃなく、またどこかで”
若い頃は嫌いな人に出会えば、コイツとは一生会いたくないと思うし、実際に会うことはない。出会いは嫌でもたくさんあるので選択すればいい。
連絡したいと思うのは繋がっていたいから。(もちろん仕事上ではない)
年を取れば新たな出会いは貴重なのかもしれません。
人との繋がりは複雑ですが、またどこかで会えればいいねっていう軽い気持ちでいることが大切ですね。その時は執着してしまうかもしれませんが。
ノマド達のように芯のブレない人間は強い。
この強さは彼らの人生経験の賜物である。
自由に生きるのって風当たりは強いけれど。孤独にもなりやすいけれど。
それ以上の対価は得られます。断続的で瞬間的なものが多いけれど。
それだからこそいつまでも自由を求めることを続けられる。
満足しない終わりなき旅。
いろいろ語りはしたけれど、見ながらありのままを感じるタイプの映画でした。
「No-Mad-Land」怒りの無い地…無の境地の心地よさと虚しさを感じられました。
今年のベスト1かな。
一言教訓
明日自慢できるトリビア
①私は本作を鑑賞してから、ゴム手袋を使用する時に一度息を吹き込んで膨らませてから使用するようになりました。
②フランシス・マクドーマンドは、実際に4か月ほどかけて7州をキャンピングカーで周った。そして劇中で観られるように、車上生活者が働いているアマゾンや公園などでの仕事を実際に体験した。
③多くの共演者(実際の車上生活者)たちはマクドーマンドがハリウッドスターだと知らなかった。その中でもボブ・ウェルズは、マクドーマンド演じるファーンが彼女の亡くなった夫について話すエモーショナルなシーンを撮影するまでそのことに気付かなかったという。ボブは亡くなった夫のことについて語ってくれたことに対し深く感謝したため、すぐあとにマクドーマンドは自身の夫(ジョエル・コーエン監督)は存命であり、自分は女優であることを明らかにして彼を驚かせた。
④マクドーマンドがヴァンガードと名付けたキャンピングカーの内装は彼女が私物を用いて行い、撮影中は実際にそこで寝ていた。
⑤デヴィッド・ストラザーン演じるデイヴの息子は実の息子である。