【ミャンマー】~我、秘境に来たりし旅~ 4日目:チバよりサナダよりテツヤ、歴史を感ずるヤンゴン物語

ミャンマー~我、秘境に来たりし旅~
ャンマー
~我、秘境に来たりし旅~
4日目
チバよりサナダよりテツヤ
歴史を感ずるヤンゴン物語
旅の目的
未だ開発途上の地域の多いミャンマー。
この国には“秘境”とされる地が多い。
そんな未知なる大地に足跡を残そうではないか。
突如騒がしくなり目が覚めた。
車内は明るくなりバスは停止していた。
ついにヤンゴンに着いたのだ。
スタッフに早く降りるよう急かされる。
散らばった荷物をかき集めて下車。
きっと色んな物を失った気がする。
体調は程良く気分が悪い。
早くベッドで横になりたい。
バスを降りるとすぐにタクシードライバーに囲まれてキャッチが始まった。
交渉するほどの元気はない。
側にいた運転手にホテルまで乗せてもらう。
15,000チャット(≒1,200円)
この値段はボラれている気もするが、一人600円と考えると安く感じるのが2人以上で旅をするメリットの一つ。
現在朝の6時前でまだ真っ暗だが車の通りはとても多い。
車の中で寝たいが、全て私が管理している旅なので寝れない。
変なところに連れて行かれないように、最期の集中力を維持してGoogle Mapを逐一確認する。
車窓の眺めは閑散としていて見どころはない。
しかし都市部に近づいていくと金色の仏塔がいくつか目に入った。
その中の一つは最も有名な『シュエダゴン・パゴダ』であった。
ホテル付近に到着した。
しかし狭い通りに建物が隙間なく建てられていて、なおかつその一つの建物に店がいくつも入っている。
安宿が多くある通りだ。
いわゆるバックパッカー街
看板が所狭しと掲げられており、その中から我々のホテル『Ocean Pearl Inn Ⅲ』を探す。
運転手も車をゆっくりと進めながら探すも見つからない。
結局ホテルがあるはずの通りを過ぎてしまった。
通りの両サイドに車がぎっしりと停車しているため狭くなっているのだ。
後ろから車が来るのでバックすることもできない。
我々の乗ったタクシーは周り道をして再び通りに入った。
そしてまたゆっくりと進みながらホテル名が記載された看板を探す。
すると運転手がはしゃぎ始めた。
見つかった。
看板を指してニコニコしている。
適当なところに降ろすのではなく、確実に見つかるまで協力してくれる。
チェーズーティンバーレー。
しかし運転手が看板を発見した時に、我々はどちらもそれを確かめずに降りてしまった。
すぐにわかるだろうと探すも見つからない看板。
それっぽいビルの真っ暗で急な階段を上るもただただ不気味で関係のないビル。
うろちょろしながら5分ほど探してようやく看板を見つけた。
急な階段を上がるとフロントらしきところに着いた。
中には一人の男性スタッフがいた。
チェックインを済ませる。
所持しているチャットでは足りなかったので、換金せずに置いといたアメリカドルで支払う。
朝食込一人一泊12.96ドル(≒683円, ≒9,097チャット)
倒れ込むように眠り、お昼時に目が覚めた。
非常食として自宅から持ってきたカップラーメンで胃を整える。
覇気がありませんが整いました。
今のところ体調は万全。
ヤンゴン観光開始。
ホテル前の通り。
これはまずい暑さ。
日陰はなくキツい日差しが突き刺さる。
40度は超えているであろう痛い暑さ。
普段、日を浴びていない私にとって皮膚に異常が出そうな天候。
同じイギリスの植民地だった香港に似た風景。
少し歩くと仏塔が見えてきた。
ここはまた後ほど通るとして、左に曲がる。
バス停を挟んだ向こう側に見えるのが独立記念塔
道路を渡るのも一苦労。
青信号でも歩行者にお構いなく右折車が突き進んでくる。
車優先社会。
立ち止まったらそこで終わり。
車もわざわざ人を撥ねたくはないだろう。
辺りを見回すと銀行や教会などが目に入る。
十字架が綺麗。
ミャンマービールの提供でお送りいたします。
市民の憩いの場、マハバンドゥーラ公園
時計が見えるビルは1911年に完成した旧最高裁判所。
今の最高裁判所は2006年より首都のネピドーに移っている。
1948年1月4日イギリスからの独立を記念して建てられた記念碑。

イギリス植民地時代には現在記念塔がある場所にヴィクトリア女王の彫像が建てられていた。

器用に頭に乗せてバランスをとるタナカレディ。
独立記念塔の前でパシャリ。長い。
公園を後に再びこの場所へ。
『スーレー・パゴダ』
スーレーとはパーリ語(南伝上座部仏教の経典で主に使用される言語)で「聖髪」という意味で、仏塔内には仏陀の遺髪が収められているといわれている。
(参照:地球の歩き方)
中に入るには入場料4,000チャット(≒320円)が必要。
それは構いませんが、当然ながら裸足で入らなければならない。
ポッパ山に比べれば猿もいないので安心ですが、あまりにも暑いのでパスさせていただきます。
南国感。
涼める場所はどこにありますでしょうか。
保険会社。
安心できますが、涼めません。
ディズニーランドにありそうな建物。
消防署でした。
水浴びしたいなぁ。
地図を見ると、涼める場所の代名詞であるショッピングモールが近くにあるらしいので向かう。
歩道橋を上る。
車だらけですね。
大渋滞。
ようやくショッピングモール『スーレー・スクエア・モール』にイン。
冷房が効いております。
そして何より綺麗。
地下にスーパーと食堂街がある。
日本食も豊富。
だけど高そう。
手軽で安価なのを探しましょう。
パン屋だよね。ケーキもあります。私はお腹が減っていないのでコーヒーを。
アイスラテをいただく。
2,800チャット(≒224円)
店員さん多いね~。
でもテーブルを拭いたり後片付けは一番若い女の子が一人で頑張っていました。
しばし休憩。
食当たりによりお腹が弱まっているのに乳製品を飲む。
私はカフェラテが大好きなのだが、この組み合わせでお腹が緩くなる確率が高い。
夜は全く問題ないが、朝起きて飲むと100%そうなってしまう。
だがしかし大好きなので毎日夜に飲んでいる。
虫歯になった時は、痛みを我慢して虫歯を自ら磨いて治してきた。
口内炎ができると、あえてそこをいじって激痛を楽しんでしまう。
そして食当たりには下痢を。
薬に頼らず自分で治す精神。
カフェラテで胃を洗おうではないか。
トイレへ行くと個室が全て埋まっていた。
偶然いた清掃員の男の子が、上の階にもあるからそちらにどうぞと親切に教えてくれた。
上のトイレは空いていた。
物凄く綺麗なお手洗い。
間違いなくホテルの部屋より綺麗だ。
ここに泊まろうか。
便器は天下のTOTO製
トイレを済ませて出発しようと思ったが、チャットが底を尽きている。
換金せねば。
と思っていたらカフェと同じ階に都合よく換金所があった。
100ドル140,500チャットに換金。
半分を友人と分けても財布は再び一気に膨れ上がった。
ヤンゴン散歩再開。
何をしているのでしょうか?
お気をつけてください。
第一映画館発見。
『ザ・ボーイ~人形少年の館~』(2016)に続編あったんですね。
人形が動き出す系のホラー映画ですが、気味の悪いどんでん返しがあって1作目はとても楽しめました。
2作目も同じような内容なのかな?
調べてみたらトムの元嫁ケイティ・ホームズが主演じゃないですか。
近くに別の映画館が。
中々大きめなシネコン。
日数に余裕があれば海外の映画館で見るのも、予告から周りの人の反応まで日本との違いを楽しめて文化を学ぶのにいい方法なのですが、短期間の滞在となると2時間同じ場所にいるのは勿体なく感じてしまうのでパスしてしまう。
自国の映画。
何とも怪しげなパロディ映画。 コンセントを油まみれの中に入れちゃってる。
ラインナップ。
チバサナダよりテツヤ
私はミャンマーから帰国後に高野秀行氏の『ミャンマーの柳生一族』を読み終えた。
これはミャンマーがまだ軍事政権であった2004年に著者が訪れた際の旅路を記している1冊。
この頃のミャンマーを牛耳っていた政府側の人間とその仕組みを、徳川幕府の黎明期に暗躍した柳生一族に例えるという斬新かつ的確な内容で夢中で読んでしまった。
その中では現地の人々に『柳生一族の陰謀』などで柳生十兵衛を演じた千葉真一や、真田広之が人気であるということまで判明した。
そして最大のツボはソニーチバの出演作をも凌ぐ人気を誇る映画が存在し、その主演がまさかのあのテツヤであったことには驚愕せざるを得なかった。
ずばりその映画とは日本で1984年に公開された『ヨーロッパ特急』
英語のタイトルは『Princess and the Photographer』
ヨーロッパ国際特急の撮影に情熱を傾ける日本人カメラマンが身分を隠したある国の王女と出会い、ヨーロッパ中を一緒に旅するラブストーリーである。
そう、この映画はあの『ローマの休日』にそっくりなのだ。
劇中でのテツヤは何かと「このタコが」と発するのが口癖らしい。
このテツヤ主演の日本映画は、ミャンマーではあまりの人気っぷりに2005年にリメイクされている。
こちらはミャンマーの人気女性歌手が日本公演で来日した際に、厳しいガードに辟易して逃げ出して日本人カメラマンに出会うという内容。
テツヤは国境を越えた。
第一生命ヤンゴン支店。
ミャンマーリーグあったんですね。
生で見てみたい。
そりゃホテルのテレビでCLが放送されているわけだ。
2015年軍事政権が終焉を迎え、ようやく民主化され、まだまだこれから開発されていくであろうミャンマー。
またいつか来るときには別の姿になっているのだろうか。
駅が近い。
ヤンゴン中央駅が見えてきました。
近くでを購入。
300チャット(≒24円)
格安。
中はこんな感じですね。
駅の周辺を歩いていると、おじさんに話しかけられた。
携帯電話を見せてきた。
そこに映っているのはゴールデンロックこと『チャイティーヨー・パゴダ』の写真。
ここに連れて行ってあげるというタクシードライバーのキャッチである。
行きたいには行きたいが、日数の関係上省いた観光地なので断った。
次にバガンに連れて行ってあげると言い始めた。
思わずニヤけてしまった。
バガンからはるばるバスでマーライオンになりながらツラい思いをして今日の朝に着いたばかりなのだから。
そもそもタクシーでバガンなんか行ったらどれだけ値が張るのだろうか。
それともバスを案内されてチップを要求する気なのか。
丁重にお断りいたしました。
駅を通り過ぎると集落があった。
カメラを向けると若者がはしゃぐ。
集落には駄菓子屋が数件あるくらい。
明らかに観光地ではない。どうやら我々は自然とスラム街に入り込んでいたようだ。
奥まで進み、突き当りを右に曲がると川に架かる小さな橋があった。
ここで鼻と目に異変が。
まずは匂い。
物凄い刺激臭が鼻に突き刺さった。
そして川の色に目を疑う。
なんと真っ白に濁っている。
体調がそれほど優れない中でこの環境は危ない。
橋を渡らずに引き返すことに。
駅に戻る。
セパタクロー楽しそう。
せっかくなので電車を見て帰る。
ミャンマーにはミョパッ・ヤターと呼ばれる鉄道の環状線があり、全38駅を各駅に停車しながら、約3時間で一周する。
1日の本数が各回り7本しかないので、今回は時間が合わず実際に見れなかったが、環状線ではJRからの譲渡車両が使用されている。
おそらく先ほど橋の上から見えたのがその車両だったと思われる。
わずか200チャット(≒16円)で1周できる。
時間があればゆったりと乗りたいものですね。
20代のうちは詰め詰めで色んなものを見たい。
30代以降はゆっくりとヨーロッパを電車で浮遊したい。
早くインドに行って旅力を鍛え、20代のうちに中南米を周りたい。
ゲバラを追って、アルゼンチンチリペルー、そしてキューバを周りたい。
何でも見てやろう。蒸気機関車が展示されている。電車が来た。
何用だろうか。
軍事政権下にはこうして鉄道施設の写真を撮ることは禁止されていたという。
そもそもそのような政権下では自由に外国人観光客が旅するのは難しい。
アウンサンスーチーにチェーズーティンバーレー。
駅から歩いてホテル方面へ帰る。
友人が何とも魅力的な扉を発見。
好奇心に誘われて中に入る。
地元民が来る小さなゲームセンター。
壊れかけのア・シ・モ♪
賑わう陽気な地元民。
賭け事でもしてるのだろうか。
特に何もせずに退散。
夕暮れ時、ホテルに戻る前にバスのチケットを買わねば。
明日の朝一にビーチのあるグエサウンというリゾート地に向かう予定であった。
チケット売り場の場所は事前に調べていたので把握していた。
一本の通りに売り場が何件か並んでいた。
最初に自ら話しかけてきた男性を断り、やる気のなさそうな女性が座っている売り場で話を聞いてみることに。
今日の20時に売り場の前から出発するバスに乗れば、明日の朝にはグエサウンに到着できるという。
さすがに夜行バスでマーライオンになりながら今朝着いたばかりなのに、その日の夜に再び夜行バスに乗るなんて体調面的にキツい。
NJ
NJ

今日の朝にヤンゴンに着いたばかりで疲れているからそれは厳しいよ

すると売り場のおばちゃんはこう返してきた。

それなら今からホテルに戻って寝てきたらいいのよ
バスの中でも寝れるんだし

そりゃないぜおばちゃん。

いま16時だよ。

寝れたとしても3時間くらい。

そもそも睡眠不足で疲れているわけではない。

NJ
NJ

おばちゃん、おら昨日の夜行バスでマーライオンになったんだ
だから今日のバスはさすがにキツイよ

そう伝えると少し心配そうな顔で同情された。

寝たらすぐ着くわよ

そう簡単なことじゃないんだおばちゃん。

何が好きで夜行バスを乗り継がなければならないんだ。
ミャンマーに修行に来たわけではない。
もともと予定では明日の朝のバスで向うつもりだった。
なので明日の朝はどうなのか訊いてみると、その場合発車場所がここではなく、我々が今朝夜行バスを降りたターミナルになるとのこと。
この売り場から出発するバスは夜行専用らしい。
両方が来るわけではないのか。都合が悪い。
明日の場合、朝の9時発なのでそれに間に合うようにあのターミナルまでタクシーで向かわなければならない。
おばちゃんに滞在期間も訊かれたのでプランを話す。
予定では明日の朝に向かって夕方にグエサウンに到着。
あまり開発されていないというビーチでのんびり過ごして1泊。
そして翌日の夜に夜行バスでヤンゴンに戻ってくるつもり。
さらにヤンゴンに帰ってきた日の夜に帰国というハードスケジュール。
これこそ修行だった。
おばちゃんに苦笑いされた。
そもそも今の体調では明日以降も不安である。
もうビーチいいや。
おばちゃん、おらヤンゴンに3泊するだ。
グエサウンで予約していたホテルを後ほどキャンセルし、現在宿泊中のホテルを延泊してもらった。
何だか気持ちが楽になった。
ヤンゴンは騒々しくて苦手だけれども、移動しなくていいことがこんなにも楽なことなのか。
後々やっぱりビーチに行きたいという葛藤にもがくことになるが、この選択肢で正しかった。
CanonでCanonを撮って、先ほど寄ったショッピングモール付近で友人と別れることに。
私はフラフラしてきたので先に帰って寝ます。
ホテルに戻りベッドに横になるも中々寝れない。
これまでの旅路を振り返りながらリラックス。
20時になろうとした時だろうか、旅慣れしていない友人が中々帰ってこないので心配になりさらに寝れなくなった。
日本語で話しかけてくる変な輩にボラれていないだろうか。
と思っていたら帰ってきた。
病人セットと共に。
チェーズーティンバーレー。
ちなみに100%の粒々オレンジジュースは、そのまま下から100%で出てきましたとさ。
胃が洗われてめでたしめでたし。
次回予告:地元民に愛される怪しげなHappy World

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