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ファントム・スレッド
ミーガン・エリソン
ジョアン・セラー
ダニエル・ルピ
一言粗筋
ほのぼの感想あるいは解説
PTAことポール・トーマス・アンダーソン監督作品なので、いつものようになんとなく見ていたら、これはこれは物凄く見入ってしまった。
見て良かった。
若者たちのキラキラしたロマンス映画ではないため、ジャンル分けが難しい。
一種のホラー映画でもある。
仕立て屋のレイノルズ・ウッドコックはレストランのウェイター、アルマに惹かれて交際することに。
ちなみにウッドコックとは“木のち○こ”という意味。
この名前はDDLことダニエル・デイ=ルイス自身が考えたもの。
アンダーソン監督が「彼は共同脚本としてクレジットされるべきだったね」と言うくらい、ルイスは脚本制作に関わっている。
この映画、真面目な描写に逐一シュールな笑いを入れてくるので面白い。
レイノルズは亡くなった母親のことが未だに好きなマザコン。
彼女が霊となって出てくるほど。
そんな母親の姿をアルマに重ねるのだ。
というより、アルマ以前の恋人にもそのように接してきた。
レイノルズにとって女性は、子供が寝るときに必要なぬいぐるみであり、自分の思うままに展開を創造できる一人遊びに必要な御人形でしかないのだ。
衣装合わせの時に、アルマが自分の胸の小ささを後ろめたくボソッと言う。
それに対してレイノルズは、「大丈夫、私の衣装で大きくするから」と何の躊躇いも、考慮もなく言い放つ。
当然ながら、そういったぬいぐるみや人形などの物には飽きが来てしまう。
しかし相手が人間の場合、そんな持ち主に対して反撥してくるのが当然だ。
それに加え、レイノルズがやっかいなのは自信があるため頑固なところ。
誰かに指図されたり、自分のやり方を変えられるのが気にいらない。
自分が第一で、恋人も自分がコントロールしなければ気が済まない。
朝食の際、レイノルズは仕事をしながら食事を摂る。
静けさを愛す男の邪魔をするのは、アルマの咀嚼音やトーストにバターを塗る時に生じる摩擦音。
見兼ねたレイノルズは我慢の限界。
こんな男とは付き合いたくないだろう。
それでもアルマは諦めず、自分に意識が向くように様々な仕掛けをする。
ここから異常な恋愛が幕を開ける。
攻めるアルマと引くレイノルズ。
普段は同業者でもあるレイノルズの姉が食事を用意しているのだが、ある時アルマが夕食を作ることに。
あえて嫌いなバターを多めに使って調理をする。
そんな料理に嫌悪感を示して食時はお開き。
また違う日、アルマは削った毒キノコを混ぜて抽出した紅茶をレイノルズに出す。
それを飲んでしまい、仕事中に体調を崩して寝たきりに。
これも全てアルマの思惑通り。
何も死んでほしくて行ったことではなく、看病するために行ったのだ。
そう、自分が必要だと理解させるために。
こんな女性とは付き合いたくないですね。
怖い女ですよ。
先日見たイーストウッド主演の『白い肌の異常な夜』を思い出した。
偶然ながらこちらも毒キノコを女が男に食わせる展開であった。
こちらは単に男を破滅させるためであったが。
どちらも愛と嫉妬が混じりあった女性が怖い映画。
そんなレイノルズとアルマがうまくいくはずがない。
と思っていたら結婚に至り、子供ができ、最後はうまくバランスが取れちゃうんです。
愛し合っているようにも見え、憎しみ合っているようにも見える。
I love you.
I know.
から
I hate you.
I loved you.
に変わる。
この愛を理解できる人もいるでしょう。
私もそうです。
私は破滅しましたが。
毒キノコは食わされていません。
若かりし頃の恋愛の一つですが、愛しすぎると周囲が見えず、自分の思い通りにならないことにより嫉妬が芽生え、愛が憎しみへと変わり、被害妄想をして相手を傷つけてしまう。
別れた後に実際にその妄想が現実となってしまったのが当時は胸糞映画のようでしたね。
でも今では笑い話。
出会いに別れはつきもの。
様々な経験を通じて長く生きていくと、自制心を保てるようになり自虐できる余裕も生まれる。
レイノルズのような面倒くさいおじさんにならなくてよかったです。
彼の場合、恋愛経験豊富なのに母親からの愛の呪縛と共に今現在まで生きてしまったからやっかいなんですね。
劇中で母親との直接描写はないのですが、演技お化けことダニエル・デイ=ルイスの巧みな演技によりそれがわかってしまうのです。
過去の回想シーンを明確に描かないことにより、観客は今の彼に出会った女性のようにレイノルズと交流できるわけです。
過去を知りたくてもレイノルズは回りくどい口調ではっきりとは教えてくれません。
だからこそ逆にアルマの興味をそそったのですね。
一見ミステリアスでダンディな男なのに、いざ付き合ってみると女々しくて頑固で仕事第一の男。
それなのに極稀に人が変わったような優しさを見せてくる。
この複雑なギャップの繰り返しに惹かれ続けるアルマも不思議。
普通ならこの情緒不安定さに疲弊して離れていくでしょう。
彼らは結婚して子供ができてもうまくいっているようには思えないのだけれども、彼らにとってはいい距離感でうまくいっているのでしょう。
アルマの勝利にみえるラストですが、これも気まぐれなレイノルズのお人形遊びの延長だと考えると怖くてたまりません。
そんな奇妙な映画『ファントム・スレッド』は、変態同士の恋愛を垣間見れる大変人間味あふれる映画でもありました。
一言教訓
明日自慢できるトリビア
①ポール・トーマス・アンダーソン監督は、ある日体調が悪くベッドで寝込んでいる時に本作のアイディアを思いついた。彼の妻で女優のマーヤ・ルドルフは、そのとき普段見せないような異常な優しさを見せて看病してくれたそう。
②撮影に備えてダニエル・デイ=ルイスは、1940年と1950年に行われたファッションショーのアーカイブ映像を見て、有名なデザイナーを調べて、ヴィクトリア&アルバート博物館のファッションと繊維の専門家に相談し、ニューヨーク・シティ・バレエ団の衣装部のマーク・ハッペル氏のもとで修業した。さらにルイスは縫い方を学び、妻のレベッカ・ミラーと共に練習して、学生服にインスパイアされたバレンシアガのシースドレスを作りなおそうとした。
③アルマ役のヴィッキー・クリープスは、撮影日初日までダニエル・デイ=ルイスに会わなかった。ルイスは映画制作のあいだ、役になりきることで有名で、彼はクリープスに撮影の間は“レイノルズ”と呼ぶように依頼していた。