ジョゼと虎と魚たち(2003)~感情は見えないからこそ疲れる~

邦画紀行
出典:IMDb
日本の映画もいいもんだ。
心に残る邦画をネタバレ込みで簡潔にさらっと紹介するコーナー。
さぁ日本の映画界を盛り上げようではないか!
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好きでも別れます

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ジョゼと虎と魚たち

英題
Josse, the Tiger and the Fish
公開
2003年
製作国
日本
製作
久保田修
小川真司
原作
田辺聖子
監督
犬童一心
『大阪物語』(1999)-脚本
『黄泉がえり』(2003)-共同脚本
『黄色い涙』(2007)-監督
脚本
渡辺あや
出演
妻夫木聡
池脇千鶴
上野樹里
新井浩文
新屋英子
編集
上野聡一
音楽
くるり
撮影
蔦井孝洋
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三行粗筋

祖母とひっそりと暮らしていた足の悪いジョゼが、
大学生の恒夫と出会い、
初めて人を好きになれたことで1歩前に進みだす物語。

ほのぼの感想あるいは解説

原作は大阪出身の田辺聖子1985年に出版した同名小説。

本作は短編全9篇から成るうちの一つであるため、わずか25ページ。

80年代という時代的に、本作のテーマである障害者の恋愛や性について描くことは編集者に反対されたという。

原作者とは逆の意識をもつ者がジョゼの祖母である。

世間体を気にしてジョゼの存在を可能な限り知られたくない。

彼女は孫のジョゼを「こわれもの」という無慈悲な言葉で表現する。

映画化するために短編小説を膨らませたのが脚本家の渡辺あや

彼女は本作がデビュー作である。

のちに連続テレビ小説『カーネーション』(2011)で脚本を務めることになる。

一見、本作の主人公は妻夫木聡演じる恒夫に感じるが、彼を中心に映画を鑑賞すると、結局なにも変わっていなくて憤りを感じてしまう。

彼は自分に対して虚しさと後悔を感じているが、つまり彼は空っぽ人間なのだ。

色んな女性と遊ぶ自分に満足しているようで、薄っぺらい関係を絶ち、自分の生きがい、相互理解できる相手を求めている。

そんなとき足が不自由なジョゼに出会う。

彼女と接していくうちに、自分が彼女の心の支えになり、彼女の成長への手助けができたことは彼にとっても救いにはなったのだろう。

しかし結局、自分からジョゼと別れることになる。

別れるまでに至った具体的描写はない。

最後の場面で恒夫は泣き散らす。

まるで自分を見ているようで腹立たしかった。

一つの恋愛が自分の過ちで終焉を迎えると、情けない自分に憤りを感じるのは当然のこと、加えて自分を被害者のように捉えてしまうこともある。

結局自分のことしか考えていない。

向こうにも原因があるんだ。

別れるに至った原因など感情のすれ違いによるものなので、言葉で表現するのは安易ではない。

そんな永遠には続かない男女のもどかしさが本作では深く深く表現されている。

こういった映画は実体験を経てないと見ていても正直つまらないだろう。

人によっては所詮は他人事で終わってしまい、時間が経つにつれて記憶から消えて行ってしまう映画である。

人それぞれだから仕方がありません。

恒夫は何も成長無くエンディングを迎える。

いっぽうでジョゼはというと、車いす生活を余儀なくされているため、もともと恒夫よりも明確な願望意識が強い。

なりたくてもなれないのだから。一人では限界がある。長年そのことを痛いほど感じている。

そこには足の障害の他に、貧しい生活や祖母の存在も関わっている。

「深い深い海底から抜け出てみたい」

彼女の言葉には重みがある。

素直になれずツンツンした性格なため、恒夫と出会ったころには敵対心を持つかのように壁を作っていた。

しかし次第に関係を深めていく中で自分の素直な思いを吐き出す。

恒夫に安心感と信頼感を抱き、彼女は確実に成長していく。

人を好きになることも恐れていたが、恒夫に恋をする。

「帰らんとって、ここにおって…ずっと」

彼女はいつも強がっていたが、この言葉を機に本心を曝け出す。

ジョゼに恋愛感情と性に対する興味が生まれる瞬間ともとれる。

原作では性に重きを置いているためエロティックに感じるが、映画では特に協調はせずに描いている。

「うちは海が見たなった」

この言葉はジョゼが次に歩み出す決意の瞬間ととれる。

人を愛する危うさに臆することなく、彼女は目の前の現実を精一杯生きる力強い人間へと成長した。

一方で恒夫は目の前の現実を並みにこなしながら平凡に生きてきた。

この作品はどこまでがジョゼの本心なのかどうかを意識して観ると面白い。

そうすることで彼女の愛らしさが増す。

日常生活において大体の人が悪気なく嘘をついている。

映画も同じで登場人物が本心で語っているとは限らない。

嘘を見抜こうとするのも映画の観方の一つ。

主人公とは葛藤して何かしらの変化や成長を伴う人物のことなので、本作の場合ジョゼなのだ。

何も変化のない恒夫は最初から最後まで外部の人間にすぎない。

自分は男なのでどうしても恒夫の立場になって観てしまい、やはりジョゼの気持ちの変化に細かく気付けない愚か者なので、最終的に恒夫と同じ運命を辿っているだろうなぁとつくづく感じるのであった。

女性との付き合いが長続きしたことがない男には染みる映画なのである。

一度心を掴んでから掴んだままでいるのが難しい。放す気はいけれど離れていく。

それが現実。

この映画の場合、好きなままなのに別れを選ぶ。

離婚せずに夫婦でいることって凄いなぁ。

一言教訓

終わった恋愛は引きずるよりも振り返って楽しむ余裕を持つことが成長に繋がる

NJ映画日記Vol.38

ここでは最近見た私にとって良くも悪くもそんなに書くほどでもない映画を1つご紹介したりしなかったり。

この記事のタイトル映画とは一切関係性はございませんので悪しからず。

ジャンルくらいは合わせようかと思っています。

ただの筆者の日記です。

さらりと流す程度にご覧いただければ幸いです。

惡の華(2019)

私の青春のバイブルである原作漫画を超えることはない。

断片的に映像化して詰め込みすぎているために人物描写が薄っぺらい印象。

最後は最初に戻ることでこの物語の意味合いが深まるのだよ。

仲村さんはもっと寂しくて変態で孤独。

それを理解して表現してほしかった。

映像化するのならば陳腐な演出に見えてはならない。

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