【ミャンマー】~我、秘境に来たりし旅~ 1日目Part1:マンダレーのキャリー

ミャンマー~我、秘境に来たりし旅~
ャンマー
~我、秘境に来たりし旅~
1日目Part1
マンダレーのキャリー
旅の目的
未だ開発途上の地域の多いミャンマー。
この国には“秘境”とされる地が多い。
そんな未知なる大地に足跡を残そうではないか。
クルンテープ駅からドンムアン空港へ向かう。
余裕を持って出たつもりだったが、チケット売り場のおばちゃんにかなり急かされた。
理由は簡単、いまちょうど電車が出る!!
現在8時19分、電車は20分発!!!
ひーーーーー、次の列車は10時台!?
ドンムアン空港を11時10分発なので、これに乗れねば飛行機を乗り過ごす!!!!
朝から走って何とか間に合った。
朝食はドンムアン空港内のマクドナルド
アイスカフェラテ 90バーツ(≒292.5円)
ストロベリーサンデー 44バーツ(≒143円)
そしてニヤニヤガールズのお店で買ったチョコチップパン 15バーツ(≒48.75円)
タイとおさらばしていざミャンマーへ。

出典:Google Map

タイ・ドンムアン国際空港からミャンマー・マンダレー国際空港までは飛行機で1時間ほど。

今回の旅はマンダレーから、世界遺産バガン、都市ヤンゴンと南下していく予定。

そして終盤はビーチで締める。

着陸間近、外を見ると光り輝く金ピカのパゴダがあちこちに目に入った。

これぞ敬虔な仏教国。

12時30分
マンダレー国際空港到着。
男性が履いているスカートみたいなのは、ミャンマーで日常的に着用される伝統衣装ロンヂーですね。
マンダレーについて
マンダレーはヤンゴンに次ぐミャンマー第2の大都市
イギリスに占領される前までこの国最後の王朝がおかれていた。
1752年にアラウンパヤー王が開いたコンバウン朝(アラウンパヤー朝)の後を継いで、1858年に即位したミンドン王は、首都を当時のアマラプラからマンダレーへ移すことを決定し、1857年から建設が開始された。
当時インドを拠点にして東方への進出を狙っていたイギリスがミャンマーへの侵略を始め、ヤンゴンを占領、さらにモウラミャイン、マルタバン(モッタマ)、パテイン、ピイ(プローム)も次々に占領されていった。
1878年にミンドン王はこの世を去り、ティーボー王が即位。
王は外交そっちのけで瞑想に耽っていた。
このような状況下にイギリスはビルマの侵略を続け、1885年にはとうとうマンダレーを占領、ティーボー王を捕らえてインドへと追放する(現在でもインドのラトナギリに王の子孫が暮らしている)。
この町はわずか26年で王都としての幕を閉じた。
ミンドン王が君臨した期間は短かったが、彼は仏塔や寺院を精力的に建て、次々と目を見張るような壮大な建物を建てた。
現在マンダレーに残っているようなおもな仏塔や寺院は、ほとんどがミンドン王時代にものである。
(参照:地球の歩き方)

ミャンマーのM、そしてマンダレーのM

100ドルをミャンマーの通貨チャットに換金。
133,500チャットに。
10012,500円
硬貨が存在しないため、とんでもないお札の枚数になって返ってくるので財布が2つ必要です。
1番使いやすいのは1,000チャットなので手持ちが多い方が安心です。
1チャット≒0.08円
1,000チャット≒80円
ミャンマーでは日本円は両替できないので要注意。
そのためドルを所持していきましょう。
なおかつピン札を綺麗な状態で持ってきましょう。
シワがあるとレートが悪くなるそうです。
受付のおばちゃんがドル札を空に掲げ、透かして本物かどうかを見極めます。
それなのに返ってくるチャットはボロボロでシワシワの汚いお札です。
メモ書きがしてあるお札もあります。
都市部のヤンゴンだと、日本円の両替ができるWhite Bayという換金所が1つあるそうです。
ミャンマーではチャットの国外持ち出し、国内持ち込みは法律で禁止されています。
散策するほど広くもなく、こじんまりとしているマンダレー空港。
換金後、ホテルまで送迎してくれるバスを予約。
入国してすぐ目の前にあるバス会社SHWE NAN SANにてホテル名を伝え、
4,000チャット(≒320円)でチケットを購入。

出典:Google Map

ホテルまで1時間ほど。

この距離をわずか300円で移動できるのは、余分な労力も使わずに安心して行けるので気楽。

出だしは順調。

バスもすぐに乗ることができた。

時間的にほとんどが同じ飛行機に乗っていた乗客でしょう。
見覚えがある白人の女の子が。
飛行機に搭乗後、私が席に着いたばかりの時、通路にはまだ人が大勢いた。
ふと通路を見ると、その子が私を一直線で見ていたのだ。
不思議そうにこちらを見つめる女の子。
こちらは、その時は綺麗なお顔した子だなぁと眺めていた。
そんなこんなで偶然にもその一家が同じバスに乗車。
英語を話していないので、どこのお国の人かは不明だが、発音的にヨーロッパでしょう。
そして車内で永遠とこちらをガン見される展開に。
最初は椅子の背もたれ越しにガン見してきたが、途中からカーテン越しに見る方法を覚えた。
こちらがカーテンで隠しても、それを退けて見つめてくる。
目を離してもずーーーっと見てくる。
こちらも負けじと睨み返すが、あっけなくKO負け。
強い。強すぎる。
友人を餌にするも、すぐにこちらに視線を移す。

出典:YouTube(キャリー/1976)

私には彼女に上から豚の血を浴びせた覚えはないんだけどなぁ。

ここから私と“マンダレーのキャリー”との戦闘が火花を散らす。

そしてサイコキネシスの使い手と1時間に及ぶ長期戦へ。

出典:Engadget

鼻血を出していないので、どうやら『ストレンジャー・シングス』イレブンではないようだ。

この子の隣にお母さんとお父さんがいるのだが、様子を見る限りまだ喋れなさそう。

そのため、とにかく見つめてくるのが彼女の戦闘方法。

出典:Scoopnest

それならこっちは『スキャナーズ』(1981)で対抗だ。

しかし30分ほど経っただろうか。

ついに表情を変えてくるまでに心を開いてくれた。

出典:Gorton Community Center

ホームアローンをするまでに打ち解けた。

こちらが眉をしかめると、彼女も同じ仕草をする。

目を見開くと、彼女も目を見開く。

完全なるシンクロ。

二人でブロードウェイを目指そうか?

出典:www.pinterest.co.kr

ついにプロムでクイーンになった時点のキャリーに戻ってくれて安心です。

逆再生で流したキャリーですね。

出典:Lovedoor

言い換えれば『メメント』(2000)ですね。

ちなみにあの映画のDVDには、特典として通常時系列に組み直したバージョンが入っているけれど、ただの犯行で終わってしまうので、映画としての面白さは皆無になります。

忘れた頃の逆再生映画は魅力的。

その後も攻防は続き、舌をペロペロと出して挑発してくるではないか。

こっちもベーっとやり返す。

しかし突如私の腕を引っ張り、口元に持っていってはペロッと舐め始めた!

突然すぎてさすがに引いてしまった。

なんて積極的な求愛行動。

小学生、中学生の頃だったら、こんな積極的な女の子は何人もいたのであの頃が懐かしい。

さすがに舐められはしてないが。

しかし私は君より、君が思ってるより遥かにおっさんだ。

君にお似合いの王子様が現れることを願っている。

その際はペロペロは控えめに。

その後、自分用のピンクの小さなポーチについていたユニコーンの人形キーホルダーを見せてくれた。

くれるのかと思ったらそうではないらしい(笑)

そのくせ、わたしのリュックやペットボトルホルダーを奪おうと試みる。

そして私の足を思い切り掴みながら痛めつけてくる。

ハイタッチを求められた(しないといつまでも手を開いている)ので、手を広げると永遠にバシバシ叩いてくる。

この歳で男の扱い方も知っているツンデレキャリー。

こやつは将来大物になるな。

君の成功を祈っています。

私のホテルの方が先に着いたため、キャリーちゃんとはここでお別れ。

ご家族に軽く会釈をして下車。

別れはいつも突然だ。

お元気で、キャリー。

ウェルカムドリンクはエネルゲンそっくりの味。

出典:アマゾン

マンダレーのお宿
ロイヤル・ヤダナボン・ホテル
宿泊費:1泊604円(朝食込)
予約名が書きだされています、素敵なおもてなし。
ホテルスタッフもみんな親切で丁寧。
ミャンマーの女性は華奢で綺麗な人が多い。上品。素敵。

出典:Twitter

フロントのテレビでは、『プリンス・オブ・ペルシャ/時間の砂』(2010)が放送されていた。
ミャンマーの人は映画が好きなのかな?
このお値段でかなり豪華なホテル。
ボーイがカバンを運んでくれます。
今思うと、チップを渡すべきでしたね。
エアコンも自由自在で快適。
窓の外はジブリ感。
バスルームも作り物の岩で装飾していてジブリ感を出している。
特に行くところを決めていなかったため、ガイドブックをちらっと見る。
近くに旧王宮と、マンダレーヒルという夕日を見るのに絶好のスポットがあるらしい。
自転車を無料で貸してくれるとのことなので、サイクリングしながら王宮に向かうことに。
軽く休憩してからサイクリングへ。
デヴィッド・リンチ作品に出てきそうな廊下。

出典:Flagey

今頃カイル・マクラクランが耳を拾っているのだろう。
ヒッチコックの世界を体験できる螺旋階段。

出典:Rome Sentinel

めまいを起こしたくなーる。

1つ降りると、まさかの赤い部屋発見!

出典:Twin Peaks Freaks – WordPress.com

ツイン・ピークスの世界へようこそ。

赤い部屋を通り抜けると、外には綺麗なベランダが。
いいホテルですねぇ。
ちなみにエレベーターを乗った時に、2階に1という番号が振られていた。
そういえばミャンマーはイギリスの植民地だった。
1824年から1937年までイギリス領インド帝国の統治下となり、
1941年の太平洋戦争を機に日本が当時のビルマを占領したが、
1945年には再度イギリスの植民地になり、1948年にようやく独立。
イギリスといえばエレベーターの数え方が日本とは違う。
いわゆる1階が“G(Ground Floor)と表記され、2階がファーストフロアと呼ばれる。
そのためセカンドフロアは3階になる。
ややこしい。
そういえば香港もそうだった。
理由を調べてみたが、これといったのは分からず、イギリス人でさえこの数え方に混乱することがあるという。
不思議な文化ですね。

軽い気持ちでサイクリングに出たはいいが、バイクと車がギリギリの距離で走り去っていくため慣れるまで怖い。

電線が凄いですね。

結構な頻度でクラクションが鳴りまくるが、ミャンマーではこれが他者への気配りの合図だということが次第にわかった。

追い越す時には必ず鳴らしている。

そのため私もベルを鳴らしまくり、自分の存在をアピールして安全第一で運転する。

意外と交通面はしっかりしているのかもしれない。

それにしても道路がボコボコなので注意して走らなければならない。

大きめな穴も多い。

そして砂埃がかなり舞うので、タオルやバンダナで口を覆うのがおすすめ。

結構な距離だが、ひたすらまっすぐ進めば旧王宮に辿り着く。

この信号を渡ると旧王宮の入り口だったのだが、そこは残念ながら現地民専用の入口。

軍人に引き返すよう言われる。

ガイドブックにも外国人は東口からしか入れないと書いてあったが、ここは東ではなかったようだ。

そして東口に向かって漕いで漕いで漕ぎまくる。

出典:Google Map

この正方形のスペースが王宮なのですが、実際に見ると想定外の広さに圧倒され、次の入口に着く気配すらしない。

旧王宮について
ミャンマー最後の王朝となったコンバウン朝の王宮。
正方形の1辺は約3km。
東西南北計4本の橋で市街と結ばれている。
1857年からミンドン王が建設を開始し、4年がかりで完成した。
1885年、マンダレーを占領したイギリスがここを軍の施設にした。
1942年には日本軍に占領され、1945年3月、劣勢の日本軍と反攻に転じた英印連合軍との戦闘によって、王宮は消失してしまった。
当時のまま残されているのは城壁だけだ。
戦後はミャンマー国軍の施設として利用され、民間人が自由に入ることはできなかった。
しかし1990年代末に旧王宮の建物が再建され、その部分にかぎって外国人も見学できるようになった。

王宮前、愛車と共に去りぬ

早いとこ諦めてホテルに戻る。

ホテルのボーイには、王宮ならあっちに行けば着くよと軽く言われたが、

それはあの現地民入口の事だったのだろう。

まぁ外から見れたしいっか!

前向きに退却。

ホテルに帰った後、テレビをつけると画質が凄い。

演出の一部だろうか。

ミャンマー版のど自慢。

ミャンマーのデジモン。

チャンネルを変え続けると、まさかの『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018)が放映されていた。

映りは悪いし、上映中に画面に宣伝テロップが入りまくるが、見入ってしまうのがマーベルの魅力。

出典:YouTube

クイルがサノスに中指を立てるシーンで指にモザイクが入っていた。

国によってはこういうところを修正するのかと興味深い。

マーベルはミャンマーでも人気があるのでしょうか、毎週土曜日“マーベルタイム”というCMが放送されていた。

しかし今日は水曜日

つまり毎日がマーベルタイムさ。

インフィニテ・ウォーをしばらく見てから、タクシーでマンダレーヒルに向かうことに。

マンダレーは観光地化されていないので、都会が苦手な私には過ごしやすい。

キャッチも特にない。

ミャンマーが“アジア最後のフロンティア”との呼び声は今のところ正しそう。

次回予告:沈んでからこそが秘境。

スポンサードリンク
タイトルとURLをコピーしました