最後の1本に憑りつかれた男

都市伝説紀行
出典:eiga.com

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最後の1本に憑りつかれた男

出典:IMDb

2014年に劇場公開されたドキュメンタリー映画『最後の1本~ペニス博物館の珍コレクション~』

これはアイスランドの首都レイキャビクにある世界で唯一『ペニス博物館』の創設者が、そこに欠けていた“人間の1本”を展示するまでの物語である。

アイスランドペニス博物館(The Icelandic Phallological Museum)は世界で唯一多種多様な哺乳類のイチモツを展示している博物館だろう。

出典:ウィキペディア

なんとその数200本以上

そして全てアイスランドに生息する陸海生物にこだわっている。

そのおおまかな内訳は、17種のクジラから取られた56本ホッキョクグマから1本7種のアザラシとセイウチから36本その他20種の陸哺乳類から115本トータル46種の哺乳類から209本

その中にはもちろん“ホモ・サピエンス”も含まれている。

法的に認められた人間のペニスは、現在4本飾られている。

合計93種類の動物から282本の標本から成る。

出典:IMDb

劇中で登場するこの博物館にある最も大きいものはマッコウクジラ。それも全体の3分の1のサイズ。

最小はハムスター。2mm以下。

歴史的にも貴重なものもあり、1万年以上前に絶滅したホラアナグマのペニスの骨も展示されている。

さらに博物館の生物学セクションでは、博物館のテーマに関連する350もの美術品や器具が飾られている。

出典:The Icelandic Phallological Museum

創設者のシグルズル・ヒャールタルソン(シッギ)1941年に生まれ、アイスランド大学で歴史学の教養学士を取得し、スコットランドのエディンバラ大学でラテンアメリカ史の修士号を取得した。

彼は37年間、校長と教師として勤務した。

歴史とスペイン語教師として26年間レイキャビクの高校に勤めた。

その後2004年に退職し、フーサビークに引っ越した。

彼は主にラテンアメリカ史の本を、そして歴史とスペイン語の教科書を含む20冊ほどの執筆と翻訳も行っていた。

ここまでは、ペニスの“ペ”の字もお顔を出さないどころか、言語や歴史ばかりで生物学すら登場しない。

あえて私が登場させなかったのだが、実は友人から牛のペニスをすでに与えられていたのだ。

それらを手にした現役中の1974年に今の土台はできあがっていた。

子供の頃、夏休みに田舎に連れていかれ、そこで鞭として動物の陰部を与えられたとのこと。

1974年、彼は南西部の海岸にあるアークラネースという町に住み、中等学校の校長として勤めていた。

職場が捕鯨場の近くだったため、最初の標本を手に入れてから部下たちは校長のシッギをからかうつもりでクジラのペニスを持ってきたという。

それからアイディアが徐々に浮かび、他の哺乳類の標本をさらに集めたら面白いものになるだろうと考えた。

始めの頃は内臓を集め、1980年13個の標本をもっていた。

4つはクジラからで、9つは陸哺乳類から。

1990年には34個の標本に増えた。

そして1997年8月23日のシッギの誕生日にレイキャビクに博物館を開業した時には62個であった。

どんどん標本が増えていき収拾がつかなくなったため、シッギの妻が博物館を開くことを勧めた。

彼の目的は何なのか。

それは、生殖器という話すことがタブーになっている世の中に対して、それを軽減するための知識を植え付けること。

そして当時博物館に足りなかったペニス。

それは人間のもの

しかし提供してもらうのにはドナーが必要。

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そこで現れたのがパゥットル・アラソン

死んだらどうせ用無しになる自分のモノを提供したいという。

彼から寄付の同意書が届いたのが1996年の博物館オープン前。

彼はアイスランドで有名な冒険家

出典:Shoot the Projectionist

1945年初めて車で中央高地を探検した。

中央高地に最初に観光客を案内したのも彼。

そして女たらしとしても有名

彼の甥が言うには、いろんな女性が入れ代わり立ち代わり家に来たという。

10人の女性を連れて高地ツアーに出たこともあった。

アラソンは言う、黒人、黄色人種、白人、いろんな女と寝たよ。

女と寝るたびに専用のノートに記していた。300人にも及ぶ。娼婦は含んでいない。

2001年にはライバルが現れる。

アメリカ人トム・ミッチェル

出典:filmfestivalflix.com

カリフォルニア州に住む彼は子供の頃から自分のブツを残したいと思っていた。

彼は自分のペニスに“エルモ”と呼んでいる。

最初の妻が名付けたらしい。セサミのエルモが登場するよりずっと前に。

アラソンのモノが5.5インチに対して、アメリカ人のミッチェルは7インチ(18cm)と特大。

ミッチェルは自分のブツにアメリカ星条旗のタトゥーを刺れて備えた。

何よりも第1号として名声を得たかったのだ。

アイスランドの英雄が死後に寄贈するのに対して、彼は生前に切除しようとしていた。

しかし彼は違う方向に進んで行ってしまった。

自分のエルモをコミック化しようとしたり、サンタクロースや魔法使いなどたくさんの衣装を着せ、シッギにその写真をメールで送り反応を心待ちにしていた。

しかしシッギは最初は相手をしていたが、だんだん面倒くさくなってしまったため、距離を置いた。

シッギはただ彼のエルモを博物館に送ってもらいたいだけなのですから。

まず法的に有効な書類の作成が必要。

証人のサインが3人必要。

さらにペニスの長さが“法的な長さ”である12.7センチに達する証明も必要。

これはアイスランドの昔話が由来している。

夫のペニスが7.6センチだという理由で離婚を求めた老婦人。

タイトルは『法的な長さ』

s出典:FilmBizarro.com – From extreme underground horror reviews to …

ある老婦人が代官に離婚を願い出た。代官は理由を聞いた。

“だって、こんなにショボいのよ!”

さらに代官が言う。

“この大きさじゃ使い物にならないのかね?”

“バカなこと聞かないでちょうだい、親指の幅で言えばたった3本分よ!”と老婦人。

布陣は女性が満足するには“法的な長さ”が必要だと主張した。

しかし法律にペニスの長さに関する条項はない。

“親指幅3本分では足りない?”代官は尋ねた。

“絶対にダメ!1本目は毛、2本目は皮膚に埋もれ、中でしっかり動くのは3本目から5本目。それが法的な長さよ!”

アイスランドの民話にはこれとよく似た話がいくつも存在し、司祭や教養人が書き残している。

そんな95歳のアラソンのブツはきっとレーズンサイズぐらいだろうと言われる始末。

そして一方のエルモは医者に断られ中々生前に切除してもらえない。

ミッチェルの本当の理由は3回の離婚のせいで女性に疲れ果ててしまい、その欲の根源を切り落としたいのだ。そして自由になりたかった。

シッギ自身も病により先は長くないと悟り、自分の死後ペニスと陰嚢を自身の博物館に寄付する証明書を発行した。

そしてアラソンが96歳で亡くなった。

シッギは彼の身体の一部を受け取りに向かった。

ついに彼の博物館に第1号となるホモサピエンスの“最初の1本”が加わり、博物館にとって欠けていた“最後の1本”が揃った。

睾丸と陰嚢もすべて一式揃っていた。

彼の息子は“法的な長さ”もクリアしていた。

その報告はエルモの父であるトム・ミッチェルの耳にも入った。

彼は息子のエルモを有名にすべく漫画を制作し、2012年時点で未だエルモには別れを告げられていない。

ついにシッギの37年前からの夢が実現した。

お披露目会と同時に博物館はシッギの息子ヒョールヅルに引き継がれた。

2004年春、博物館はクジラを頻繁に見ることのできるフーサビークにある小さな漁村に移転しているが、

2011年秋、再びレイキャビクに移転し、シッギの息子が新しい館長に就任し、シッギは引退した。

この年には11,346人もの観光客が訪れた。

入場料は約1500円ほど。

シニアと障害者は約850円。

親子連れの13歳以下の子供は無料となる。

アイスランドを訪れた際にはぜひとも訪れたい。

出典:itinari.com

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