手塚治虫『ばるぼら』~芸術家を惑わす女~

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ばるぼら

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『ビッグコミック』(小学館)で1973年7月10日号から1974年5月25日号まで連載された手塚治虫による大人向け漫画。

なぜこの漫画を読もうかと思ったか。

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まずは今冬に公開される映画版に稲垣吾郎が主演するということで興味を惹かれ、あらすじを確認してみたところ、これは今の自分にピッタリの変態漫画だと感じた。

SMAPの中で一番アイドルフェイスながら変人度もトップの吾郎さん。

そしてクールに振る舞いながらもミステリアスで、誰かの意見にブレることなく自らの意思を貫く様に親近感が湧いていました。

最近はダンディさが増してきたので、主人公・美倉洋介を演じるにはピッタリ。

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二階堂ふみも同様に、彼女以外にばるぼらを演じられる人はいないのではというくらいの説得力。

そして監督は手塚治虫の息子である手塚眞

観ないわけにいかない。

出典:手塚治虫

耽美派の小説家として名を馳せる美倉は異常性欲に悩まされていた。

そんな時に新宿駅で薄汚れたアルコール依存症の“ばるぼら”と名乗る女に出会う。

男にはふしだらで、人の家に住みついてはお金をせびる身勝手な彼女を、

美倉は「都会が何千万という人間をのみ込んで消化し、たれ流した排泄物のような女」と称す。

しかし美倉がトラブルに巻き込まれるたびに、ばるぼらが彼を救う。

彼女に嫌気が差してもなぜか自ら探しに行ってしまう美倉。

自分の身の周りの人に災難が降りかかることが度々あり、その裏にはいつもばるぼらがいる。

ばるぼらとはいったい何者なのか。

美倉は次第に彼女の魅力に惹かれていき、己の小説家人生を左右されることになっていく。

彼女が執筆に力を与えてくれるのだ。

彼女からインスピレーションを得た小説はベストセラーになり、テレビ&映画化。

このまま順風にいくと思われた彼の人生だが、ばるぼらに結婚を迫り、ばるぼらが取り繕った奇妙な結婚式にてトラブルが起き、それから彼女は美倉の元から消えてしまう。

ばるぼらを失った美倉は執筆への熱も失い、彼女を必死に探す。

ばるぼらは美倉に力を与える反面、それを奪う力をも持つ危険な女なのだ。

出典:手塚治虫

私がこの『ばるぼら』に惹かれたのは似たような経験をしたから。

彼女は自分の夢を支えてくれる人物でもあったが、このまま付き合っていくと我が身を破壊されそうな気もした。

それでも私は彼女の魅力に憑りつかれてしまった。

魔法を与えてくれる妖精のようであり、呪いをかけてくる魔女のようでもあった。

そして何よりも私のミューズ(女神)であった。

ばるぼら自身も、ブードゥー教を崇拝する魔女として描かれている。

どんな彼女も好きであった。しかし私の前から消えた。

彼女はばるぼらのように突如違う姿になったり、気まぐれで言動するため掴みどころがなかった。

掴めそうで掴めない、それが魅力だった。

といいつつ私自身もそうであるということがやっかいなところ。

こんなにも自分に近い者、自分が求めていた人間はこの先出会うことはないだろう。

凄まじいパワーを持つ女性だった。

私は女性関係になると、深く考えるがあまり、勝手な妄想を膨らませ、「そんなはずはない」、「いやたしかにそうなのでは?」とか一人で話が進んでいく危険な癖がある。

現実と妄想が一体化しそうになる時もある。

その妄想が現実となった時もあるからこそこの世を信用できなくなっていった。

それが彼女とうまくいかない原因であった。

それでも我々二人は鏡越しの関係であるがゆえ、互いに高め合える関係性だったことは妄想ではない。

一方で美倉はそんなことはなく、性欲に支配され、芸術とばるぼらへの向き合い方が彼を狂わせていった。

この漫画の面白いところは、どこまでが現実でどこからが美倉の妄想なのかという境が曖昧なところ。

SF映画にもよくありますが面白いジャンルですね。

そもそも「ばるぼら」は存在するのか。

彼の芸術が彼女を生み出し、彼の芸術の中で彼女は生き続けたのではなかろうか。

美倉は命を懸けて『ばるぼら』を執筆した。

読み終えると、一人の女に翻弄されるのも悪くないと思えた。

異性との関係は自分の新たな一面が剥き出しにされる。

それをコントロールしながら自分のモノにして、自分の内に秘めた芸術性を洗練しておきたいですね。ネガティブ要素は自分の考えでポジティブに変える。

そうやって私はこれまで生き抜いてきた。

以下は『ばるぼら』のあとがきに記載されている手塚治虫の文を参照。

手塚治虫は『ばるぼら』の物語を、芸術のデカダニズム(退廃)と狂気にはさまれた男の物語と表現している。

魔女や黒魔術の登場も狂気の変容であると述べているが、後半のオカルト要素は当時の流行りに乗っかったものであるとしている。

正直この展開は突然だったので、この路線に進むのかと驚きましたが、

出典:IMDb

美倉とばるぼらの結婚式の雰囲気はキューブリックの『アイズ・ワイド・シャット』(1999)を彷彿とさせて魅力的でした。

手塚が『ばるぼら』を書くにあたってインスピレーションを受けたのは、オッフェンバッハの『ホフマン物語』というオペラ。

主人公ホフマンは詩人で社交性の花形であると同時に意思の弱い好色家で、何回も失恋を繰り返す。

彼には芸術の女神が姿を変えた学生がつきまとっており、つねに彼に、恋を捨てて芸術に戻るようにしむける。

そして彼は恋敵に恋人を奪われ、自分は飲んだくれて酒場に眠りこけてしまう。

手塚は『ホフマン物語』青春の感慨であり、人生訓としている。

また、ホフマンが社交界のスターとして遊び惚け、あげくのはてに魔女の手先の女に自分の影をとられて、自己を失ってしまう。

マスコミの世界に溺れて喝采を得るために妥協するか、自分の主義を貫くために孤高を保つか、芸術家が必ず一度は遭遇する悩みが見事に描かれていると語る。

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